• Division of Microbiology (Kanda lab), Faculty of Medicine, Tohoku Medical and Pharmaceutical University

今年は微生物学の当たり年

今年は良くも悪くも微生物学の当たり年のようです。良くない当たりは新型コロナウイルスだとして、良い方の当たりはノーベル賞です。医学生理学賞がC型肝炎ウイルスの発見、化学賞がゲノム編集技術の開発に対して授与されました。C型肝炎ウイルスの発見は微生物学の王道ですが、ゲノム編集ももちろん微生物学研究の賜物です。世界中の研究室で使われているCRISPR/Cas9の研究が細菌の(ファージ感染に対する)獲得免疫機構の研究から始まったことはよく知られているところです。
医学生理学賞の3名の受賞者はそれぞれ異なる貢献をしており、一見納得の結果ですが、それでも多くのunsung heroがいるようです。研究は先ず助走として様々な積み重ねがあって、そこに一つを加えることで大きくジャンプアップします。ゲノム編集技術では2012年のScience論文がカギとなる論文としてよく紹介されていますが、実はシャルパンティエ博士の2011年のNature論文(trRNAの発見)が大きなブレイクスルーです。それに先立つ研究として、Danisco USA(当時)のBarrangouらによって発表された乳酸菌Streptococcus thermophilusのファージ耐性についての2007年のScience論文も印象的です。Danisco社はデンマークを本拠とする食品用酵素メーカーです。ヨーグルトやチーズなど乳酸菌へのバクテリオファージの感染は生産性や品質低下をもたらすため、ファージ耐性の乳酸菌を効率的に育種することは非常に重要です。そうした実用的観点から始めたと思われる研究で、ファージ耐性を獲得する過程でCRISPRのスペーサー配列が増加することを実験的に証明しました。他にも今回受賞しなかった研究者でCRISPRの機能解明において顕著な貢献をした人が何人もいますが、受賞した2名に加えてもう1名選ぶとなると、いろいろ意見が分かれて難しいのかもしれません。世界中の研究者にゲノム編集技術を使う気にさせたと思われる2012年Science論文の責任著者である女性研究者2名が受賞というのは、すっきりしていて皆が納得しやすいと思います。