Howard Temin博士とともに逆転写酵素(RNA依存性DNAポリメラーゼ)の発見者として知られるDavid Baltimore博士が87歳で亡くなりました。
私の理解では、「RNAウイルスが自身のゲノムをDNAにコピーして、染色体にプロウイルスとして入り込む」というコンセプトはあくまでもTemin博士のオリジナルであり、Baltimore博士はそのコンセプトに啓発されてたまたま逆転写酵素の発見に至った人だと思っていました。Cancer Virus Huntersという本を読むと、どうもその理解は正しいものではなかったようです。Baltimore博士はもともとプラス鎖RNAウイルスであるポリオウイルスの研究をしており、その後マイナス鎖RNAウイルスであるvesicular stomatitis virus (VSV)の研究をすることで、ウイルス粒子がRNA依存性RNAポリメラーゼを持っていることを知っていました。その後、いくつかのRNAウイルスの粒子中にポリメラーゼ活性があるということを知ったうえで、行きついた研究対象がレトロウイルスだったということです。彼は彼で、長い道のりを経てきたのでした。面白いのは、彼が逆転写酵素を発見したNature論文は、実は彼がレトロウイルスを初めて扱った実験であり、しかも使った精製ウイルスはNIHから送ってもらったもの(!)だったとのことです。
今回、いくつかの追悼記事を読むと、Baltimore博士の功績は、逆転写酵素とかNF-κBの発見などの業績だけからは見えてこないものが大きかったようです。Baltimore博士は、彼が逆転写酵素を発見したMITと縁が深かったことは知っていましたが、彼がMITの近傍にあるWhitehead Instituteとそれに隣接するBroad Instituteという二大研究所の創設者であることは知りませんでした。その後、(いろいろあったにせよ)Rockefeller大学、Caltechのトップとして呼ばれ続けたということは、「良い科学」が何なのかを知っていて、お金集めも含めて、これを行うための環境作りにおいて他人の追随を許さない人だったのでしょう。
Baltimore博士はNF-κBと呼ばれる転写因子の発見者でもあります。NF-κBの名前の由来が”nuclear factor binding near the κ light chain gene in B cells”であることを初めて知りました。「NF-κB発見30年」という総説(30 Years of NF-κB, Cell 2017)の冒頭に、「NF-κBという因子が炎症やその他幅広い生理的・病的過程において機能していることを認識していたら、こんなタイプしにくい名前にしなかっただろう」とあります。確かに。
Baltimore博士の弟子であるInder Verma博士は、私の留学先であるSalk研究所で長く独特の政治力を発揮した人です。当時、日本からも多くのポスドクが彼の研究室に留学していましたが、Inderが「世界で初めてcDNAを合成した人」と聞いて、さもありなんと思ったことを憶えています。そのInderもいろいろあってSalkを追われました。時代は動いていますが、Baltimore博士亡き後、サイエンスはどのような方向に進むのでしょうか?
