• Division of Microbiology (Kanda lab), Faculty of Medicine, Tohoku Medical and Pharmaceutical University

メッセンジャーRNAワクチン

新型コロナウイルス感染の終息が見えない中で、「ゲームチェンジャー」としてワクチンに期待する声が大きくなってきました。その先頭を走っているのがファイザー社のメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンです。私が常々チェックしているサイトとして、日本RNA学会のホームページがあります。そこに最近mRNAワクチンに関する2本の解説記事が掲載されました。一つがmRNAのキャップ構造の発見で有名な古市泰宏先生による解説記事、もう一つが島根大学・飯笹久先生による解析記事です。両者間で打ち合わせることなく書かれたということですが、記事の内容がお互い補完しあうようになっているので一読をおすすめします。
その古市先生の記事の最後でも触れられていますが、一般に「ファイザー社のワクチン」と呼ばれているmRNAワクチンは、実はドイツのBioNTechという会社が開発したもので、ワクチンの大規模治験を行ったのがファイザー社ということになります。BioNTech社を設立したのはトルコからの移民2世の研究者夫妻(Ugur Sahin, Ozlem Tureciの両氏)です。またmRNAワクチンの基盤技術を開発したのはペンシルバニア大で長くmRNAワクチンの開発を行ってきたハンガリー出身の女性研究者(Katalin Karikó氏、現BioNTech社)とのことです。さらに言えば日本人研究者(村松浩美氏)もカギを握る実験をしています。こうしてみると、このワクチンは国境を越えて移住・移動したマイノリティ研究者の執念の賜物といえそうです。このあたりの話に興味がある人はロックフェラー大の船引宏則さんがtwitterでつぶやいておられます。またこちらの英文記事も参考になります
mRNAワクチン実用化のためには、mRNAの不安定性、自然免疫系による排除などの難点を克服する必要がありました。これらの難点を一つ一つ地道な実験で克服してきたという点は、研究者のお手本です。BioNTech社はもともとmRNAワクチンをがんの免疫療法に応用することを目論んでいたところに、今回の武漢新型肺炎アウトブレイクを報じたLancet記事にいち早く注目し、自分たちの手中にあった技術を新型コロナウイルスワクチン開発へと即座に応用しました。従来の不活化ワクチンと比べ「ワクチン効果」や「安全性」がより優れているという観点で選ばれたのではなく、何よりも「早くできる」ということで選ばれた戦術です。(不活化ワクチンであるインフルエンザワクチンの場合、ワクチン株の選定、およびワクチン株の発育鶏卵での増殖が必要で、毎年3月頃~10月頃まで半年以上の時間をかけて作成されています。)世界初の実用化mRNAワクチンが新型コロナウイルス感染の終息にどのように貢献するか、まさに歴史の審判を待つことになります。

P.S. 当研究室の矢島助教が筆頭著者である論文がPubMedに出ました。日本人扁桃組織由来のEBウイルス株ウイルスゲノム塩基配列を解析することで、アジアにおけるEBウイルス株の地域差を明らかにしたものです。詳しくは近日大学HP等でご紹介する予定です。

今年も白鳥たちが福室キャンパス脇の七北田川に集結しています