• Division of Microbiology (Kanda lab), Faculty of Medicine, Tohoku Medical and Pharmaceutical University

1985年・利根川進先生特別講演の大学新聞記事を書いたのは

MITにおられ、日本人初のノーベル生理学・医学賞受賞者である利根川進先生が亡くなりました。「精神と物質」(文春文庫)を読むと、ノーベル賞の対象となった実験の「すごさ」がよくわかります。

私が学生の頃、利根川先生が東北大星稜キャンパスで講演されたのを憶えています。確かT細胞レセプターのクローニング競争(1984年)の少し後だったはずと当たりをつけて艮陵新聞(大学新聞)のアーカイブを探したところ、講演会開催の記事を見つけました。記事によると講演会開催日は1985年7月1日で、私は学部3年生(大学5年生)です。ノーベル賞受賞が1987年ですから、その2年前ということになります。その記事の締めくくりの言葉を確かに書いた憶えがあるので、十中八九、私が書いたもの(あるいは私が書いて誰かが手直ししたもの)だと思います。学生だった私がおぼつかない知識で書いたもので、意味のよくわからない箇所もありますが、当時の雰囲気が少しでも伝わればと考えて掲載します。(艮陵新聞 第143号、1985年11月15日発行、艮陵新聞学生編集部の許可のもと該当部分を転載)。

私は新聞部員ではなく、学生時代に実験室に出入りするような学生でもなかったので、なぜ頼まれたのかは思い出せません。憶えているのは、当時、何かの理由があって読んだ研究者向けの雑誌にT細胞受容体遺伝子のクローニング競争の話が出ていたことです。気になったので、当時発行されたバックナンバーの記事を知人にお願いして取り寄せたところ、それらしい記事が見つかりました(田川雅敏・谷口克、細胞工学、Vol.3 No.10, 933-936, 1984)。新聞記事の中に、「細胞工学」の記事に似た表現があり、明らかに「細胞工学」の記事を参考にしたと思われます。私のおぼろげな記憶が正しければ、T細胞レセプターを最初にクローニングした若き日のMark Davisの写真が載った記事が別にあったはずなのですが、残念ながらこの写真入りの記事は見つけられませんでした。何せ41年前のことですから記憶違いかもしれません。

7月29日追記:1985年の艮陵新聞記事には、Tak Mak研でヒトT細胞レセプターをクローン化した柳雄介先生の仕事が書かれておらず、41年前の記事とはいえ大変失礼しました。柳先生の論文はMark Davisらの論文とNature誌に同時掲載されています(当時のNature誌News and Viewsはこちら)。